このページではイケメン戦国信玄のプレミアストーリーをネタバレしていくよ!!
今回の「満月に浮雲」は第二話後半の恋の試練プレミアストーリーになるぞ!!
プレミアストーリー「満月に浮雲」
信玄の人質として春日山に連れてこられた主人公
織田方へ手紙を出すことを拒否されたお詫びに信玄が夜、主人公を誘いに来ます
※主人公の名前を呼ぶ部分は●●●にしています。
邪魔するぞ、●●●
信玄様……っ
無造作に襖を開けて入ってきた信玄様を見て、佐助くんとの会話が甦った。
(まさか、本当に夜這い……!?)
何しに来たんですか……っ?
私の警戒を受け流し、信玄様は飄々(ひょうひょう)と笑う。
そう邪険にするな
俺はただ、月があんまり綺麗だから、美女と一緒に眺めようと思っただけだ
月?
信玄様は、外へと続いている障子をからりと開け放つ。
すると……
(あ……)
ビロードのような空に、妖しいくらいに美しく満月が浮かんでいた。
本当に、綺麗……
そうだろ
思わず素直な感想を漏らした私に、信玄様が得意げな顔をする。
(っ、雰囲気に流されちゃ駄目)
でも、別に一緒に見る必要はないと思うんですけど……
警戒心が強いな、俺の姫は
じゃあ、こうしよう。俺は今、立っている一畳を越えて君に近づかないと誓う
君がそうしてほしいと望むまではな
(そんなこと……)
私が、望むわけありません
だったら、何の問題もないな。決まりだ
信玄様は私の返事を待たず、畳に腰を下ろした。
(いつの間にか、信玄様の要求を呑んだことになってる……)
春日山城に連れて来られてから、一時が万事、この調子で物事が進められている気がする。
(こうなったら、しょうがない。逆に考えれば、この人が何を考えてるか知るチャンスかも)
…わかりました。その代わり、絶対にその一畳の上から、出たら駄目ですからね
もちろんだ
せめてもの抵抗で距離を取って座ってみせるけれど、信玄様は気にした様子もない。
それにしても、俺の領土は小さいなー
長い指先が、戯れるように畳の縁を滑った。
だが、ここから広げていくのも一興だ
そんな日は…来ません
さて、どうかな
獲物を狙う獣めいた目が向けられ、胸がざわりと騒ぐ。
――灯りを消そうか。その方が月がよく見える
(えっ)
思わぬ言葉に、私は固まった。
(それって、真っ暗闇の中で、信玄様とふたりきりになるってことだよね)
(たしかにその方が月はよく見えるから、理屈は通ってるけど…)
もしかして俺のことを意識してくれてるのか?だとしたら嬉しいな
っ…違います…っ
からかいの言葉に反射的に言い返して、唇を噛む。
信玄様の性格上、女性に無理強いはあり得ない
けど、もし君が少しでも隙を見せれば、見逃してはくれないだろう
(いちいちこの人の言動にドキドキしてるって、知られないようにしないと)
精一杯、平然とした素振りを取り繕う。
灯りを消せばいいんですね?
ああ。俺はここから出られないからな、君がやるんだ
わかりました
笑みを含んだ視線が向けられているのを感じながら、行燈(あんどん)を吹き消した。
(……まんまと口車に乗せられて様な気もするな)
ありがとう。これでいっそう美しい月を愉しめる
君の可愛い顔が見えづらくなったのが残念だが、こうして朧げな光に照らされた姿も魅力的だ
訪れた暗闇の中で甘い声が鼓膜をくすぐって、いやおうなしに胸が騒ぐ。
っ…変なこと、言わないでください
心外だな。月にしろ、君にしろ、綺麗なものを見て素直に綺麗だと口にしてるだけだ
(どうして次から次へとそういう言葉が出てくるの……)
動揺を押し隠しながら、ぽっかりと浮かぶ丸い月を見上げる。
しばらくの間――信玄様も黙って月を見ているようだった。
(静かになったら、それはそれで落ち着かないかも……)
本来なら警戒すべき相手と闇の中にいるという不自然な状況に、胸がとくとくと音を立てている。
その頃合いを見計らったかのように、信玄様が静かに口を開いた。
城での生活はどうだ?何か困ってることがあったらなんでも言ってくれ
いえ、特には…
(むしろ…)
あのお部屋、人質の私が使うにしては贅沢すぎませんか?
ようやく破れた沈黙に少しほっとしながら、答えを返すと…
そうだなー
朧げに見える信玄様が、にやりと笑ったのがわかった。
優しく丁寧に扱って君を絆そう(ほだそう)としてるって言ったら、どうする?
っ…そんなことで、心を許したりしません
冗談だ。たおやかな花をむさくるしい場所に置くわけにいかないからな
(……やっぱり、掴めない人)
悔しいけれど、やっぱり翻弄されてばかりで信玄様の本心が全然見えない。
どうした、姫。難しい顔をして
考え込む私に気がついて、信玄様が声をかける。
……あなたが何考えてるか、さっぱりわからないって思っただけです
それは、俺に興味を持ってくれてるって解釈していいか?
っ…私はただ、敵のことを知らなきゃって思っただけで…
慌てて言い訳する私に、信玄様が吹きだす。
素直な子だ。君はびっくりするほど、駆け引きが上手くないな
君みたいな可愛い子が情報を聞き出す手段は、山ほどあると思うが
(どういう、意味……?)
っ…知りません…
信玄様の少しだけ掠れた甘い声が、夜風に乗って、私の肌を撫でる。
仕方ない。君の純情さに免じて、おまけしようか
君が自分の足で、俺の領土に入って座ってくれたら、どんな質問でもひとつだけ答えよう
え……っ
驚いて信玄様の顔を見つめると、笑いながら手を差し出された。
…おいで。大人の恋の駆け引きを、君に教えよう
……っ
(これはきっと、この人の罠だ)
(でも……何もわからないままじゃどうしようもない)
意を決して立ち上がり、小さな一畳の中に信玄様と並んで座る。
(近い……)
月明かりの下、私を見下ろして信玄様が笑った。
いい顔だ
このくらい近いと、暗闇でも君がどんな表情をしてるかよくわかる
どんな表情か、なんて聞かなくてもわかった。
(そばに来させられたくらいで……どうしてこんなにドキドキしてるの)
さて、質問を聞こうか
(ひとつだけ、聞くとしたら……)
私、信長様に、敵をたくさん作るってわかっててどうして戦うのか聞いてみたことがあるんです
信長に……?
信玄様はかすかに目を見はった。
(あ……素の表情見たの、初めてかもしれないな)
はっとして見つめるけれど、すぐに信玄様の顔に浮かんでいた驚きはかき消えて……
あの男は、なんて答えた
鋭く細められた眼差しに緊張しながら、答えを返す。
信長様は、自分が見たい世を実現するためだと仰ってました
あの男らしい、傲慢な答えだな
(やっぱり、信長様のことを深く憎んでるんだな……)
冷ややかな声が、心なしか、夜の風の温度を下げたような気がした。
信玄様は、何のために戦っていらっしゃるんですか?
少しの沈黙のあと……信玄様はぽつりと口を開く。
――弱者が虐げられることのない世を、作るため
せめて俺の小さな領土内だけでも、仲間が誰ひとり踏みにじられることなく生きていければいい
……そう思っているよ
(え……)
静かな光を宿す信玄様の瞳に囚われて、息が止まりそうになる。
それって……
私が詳しい意味を問いただす前に、ふと、信玄様は空を見上げ……
ああ、月が隠れてしまいそうだ
その視線を追って空を見上げると、
(あ……本当だ)
いつの間にか雲が月にかかりかけていた。
まさに月に叢雲(むらくも)。無粋だな
ざあ…と風が吹き、月が完全に雲に覆われた瞬間、
信玄様が無造作にこちらに片手を伸ばす。
君とするには、色気のない話をしすぎた
(え……)
頬を撫でられ、触れられた肌が熱くなる。
そのまま唇を親指でなぞられ……
(んっ)
や……っ
やめてくださいと、それだけ言えばいいのに、喉まで熱を帯びたみたいに声が掠れた。
信玄様はゆっくりと私から身体を離す。
今宵はここまでにしておくよ。いい夢を、我が囚われの姫
立ち上がって部屋から出て行く信玄様を、呆然として見送った。
(力、抜けちゃった……)
身体に残った熱が、すぐには収まりそうになかった。
やっぱり大人ですよね。信玄様。誘い方から二人っきりの応対がスムーズ♪